2013/06/30

Profile and Message from the CEO

authorこの事業の立案者・責任者である  松尾 直樹  は,大阪大学で理論物理学の博士号を取得 (1988年) したが,その後,自分の進むべき道を「気候変動問題 (地球温暖化問題)」と定め,大きく転身することとなった.

気候変動問題は環境問題であるが,そのベースにある「エネルギー問題」にきちんと切り込まなければ,実効的なことはできない.このような認識の下,エネルギー全般のシンクタンク (財)日本エネルギー経済研究所 で,エネルギーの視点と温暖化問題をからめた研究活動を行い,排出権取引・炭素税や京都議定書国際交渉分野などで,日本の草分け研究者としてアウトプットを出し続けた.

京都会議 (1997年末) 後に,政策提言を行うために (財) 地球環境戦略研究機関 に移籍し,そこで 新しく採択された京都議定書関連のルール・メイキングに関する政策提言型論文を多数執筆した.同時に,(財) 地球産業文化研究所において,IPCC 第3次評価報告書作成プロセスに,IPCC副議長であった清木氏,谷口氏のサポートとして参画した.

国際的には,2001年末にマラケシュ合意=京都議定書のルールブックが完成し,それを期に,もはやシンクタンクで研究を行う時代ではなく,新しいルールを駆使して,具体的アクションに結びつける時代が来たとの認識を持ち,コンサルタント会社「(有) クライメート・エキスパーツ」を立ち上げた (2002年).

クライメート・エキスパーツでは,多くの企業が,新しい気候変動国際枠組み,とくにCDMという市場メカニズムをモーティベーションに,ビジネスを通じて温室効果ガス(GHGs)を削減していくことのお手伝いを行ってきた.その中で,世界最初のCDM方法論承認を獲得するなど,萌芽してきた気候変動対策の世界で 大きな成果を上げてきたと自負している.

一方で,コンサルタントの限界は,自分が実現化したいプロジェクトを実施できるわけではない.このことから,そのための vehicle として,「PEARカーボンオフセット・イニシアティブ」という別の会社を立ち上げた (2007年).

自分の実現化したい活動とは,サステイナブルな低炭素社会を構築する途上国での活動と,日本人がみずから排出をゼロにできるカーボンオフセットシステムの普及であった.研究者としての経験から,「CO2が少ない社会とは,CO2削減を狙った活動より,むしろCO2のことを意図せずとも CO2が少なくて済む経済発展の経路や社会制度の選択である」と主張してきたが (IPCC 第3次評価報告書のメッセージの一つになっている),みずからその実例を構築したいと希望したことになる.

そのひとつが,世界にまだ12億人が甘んじている未電化状態を,再生可能エネルギーによる電化という形での開発経路 (選択肢) の提供であり,ミニSHS EGAO は,そのための手段となっている.

ただ,低炭素はあくまで結果であって,ドライブするものは,エネルギーアクセス問題の解決である.いや,エネルギー自体,そして照明自体も手段でしかなく,目的は「みずからの手で みずからの機会を実現化させることができるベースの提供」と認識している.

そこには,かわいそう,哀れといった感情はない.たとえかなりの低所得であるとはいえ,彼らは彼らの日々の生活を送っていて,そこにわれわれが余計なバイアスをかけることは望ましくない.援助で成り立つ経済社会は存在し得ないし,すべきでない.これは,究極的には「尊厳」の問題にも繋がってくる.

このような認識の下,ミニSHS EGAO プロジェクトはローンチした.中小企業であるため,またわたしがこのようなビジネスに不慣れなために,廻り道をかなりしたが,これからビジネスを拡大し,究極的には 1億人に電気を届けることをゴールに設定した.同時に「みずからの手で機会を実現化させることができるベースの提供」という目的に沿ったサイドディッシュも,メニューに加えていきたいと考えている.

現在,慶応大 SFC の大学院でも非常勤で教鞭を執っているが,若い人 (残念ながら院生は外国人が多い) は,このビジネスの話に目を輝かせてくれる.学生のみならず,日本の人々にも,このような考え方や,その実現手段である EGAO ビジネスに対し,関心を持ってもらうことを願っている.

 

松尾  直樹

 

 

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